少し書きたくなったので書かせてください。

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536 名無しさん@お腹いっぱい。 [age] : 2011/08/06(土) 23:19:07.64 ID: Be:

少し書きたくなったので書かせてください。
泣ける話じゃないけれど・・

俺、小さい頃から勉強ができなかった。 
保育園では保育士さんから親に
「知恵遅れじゃないですか?」といわれたらしい。

小学校ではもちろん点数はよくなく。
通知表はいつも5段階中の2ばかり
国語・算数・理科・体育・家庭科・・・
社会がいつも4か5以外はアヒルちゃんがいつも
並んでいた記憶がある。
だから親に成績通知書を見せるのがいやだった。
でも親はあきらめなかった。
家庭教師をつけたり塾にかよわせたりした。
でも点数はのびなかった。勉強がわからなかった。

中学校にいっても一緒。
英語だめ数学だめ国語だめ理科だめ
社会だけ10段階中の8で、あとは3とか2とかばかりだった。
学年でいつも180人中の130人くらい。
とても普通科にいける点数じゃなかった。
それに、中学1年くらいからいじめられ始めた。
2年生の時はほんとにひどかった。いじめっこにカツアゲされ
毎日授業を受ける気持ちにもならなかった。
まだこの世は不登校やら引きこもりが社会問題になる前。
学校にいかない人間は、即人生終了の烙印を押される時代だった。
親はそれでも諦めなかった。
「がんばれ!おまえならできる!」
と毎日学校に送り出された記憶がある。
家庭教師も引き続きつけれくれ、進学塾にも
入れてくれた。それがいやだったけど・・・
地元の優秀な進学塾にも頼みにいったらしい。
だけど即座に言われたそうだ。
「その点数ではとてもついていくことはできません」

その後も点数は伸びず。高校3年の最終進路決定の三者面談のときに
「○○くんは・・・県立○○工業高校どうでしょうか?}
と先生は言った。
私の地方は県立がトップで、私立は県立に落ちた人が入る
落ちこぼれの吹きだまりといわれていた。
特に県立高校の入試は試験150点+内申150点で、
先生たちはほとんど合格ラインを知っていたらしい。
親は即座に拒否した。「県立高校の普通科以外考えられません。」

537 名無しさん@お腹いっぱい。 [age] : 2011/08/06(土) 23:20:27.25 ID: Be:

ということで、県立高校普通科受験。見事不合格。。
その当時は、県立高校の合格発表がテレビ放送されてて
実名がずらーっと放送されていくから、すぐに俺が
県立高校落ちたこと近所の人たちにばれた。
親にいった「おちちゃったね」
照れ隠しにいったが、親は無言だった。
ただ、隣の部屋に入っていった両親が
号泣している声だけは聞こえた。

その後、私立高校の普通科だったのだが、
なぜか入るときに特別進学コースになっていた。
高校に入ると、地元で評判の英語塾にも入れてくれた。
でも点数は伸びなかった。
高校1年の進路指導の際に、先生は「○○くんは、
専門学校か短大がいいのでは?」といわれた。
親はまた即座に拒否した。「4年生大学じゃないと
意味がありません!」

なぜ、こんなに落ちこぼれな自分をカバーするのか
わからなかった。
そこで、高校2年のときに母親に聞いた。
なぜそこまでして俺を大学にいかせようとするのか?って

「お父さんね・・あなたには言わなかったけど、あなたの
おじいちゃん死んだっていったけど、実は離婚して
お父さんおいていってしまったの。
だから、勉強ができても、すぐに就職しなくてはいけない
から工業高校にしか入ることができなかった。
就職してすぐに夜学の大学に入ったけど・・・
やっぱり昼間の学生たちがすごいうらやましかったって。
だから・・ どうしても○○を普通の大学生にしてあげたい。
自分と同じ轍を踏ませたくないから・・・」

さすがに泣いた。
部屋にこもって泣いた。
2年生から猛勉強した。
そこそこ点数とれるようになった。

国立は無理だったけど、なんとか私立合格した。
大学合格通知きたとき親父は何もいわなったけど、
部屋で号泣してた。

大学では、遊んでばかりだったけど、
親孝行してやりたくて、3年から猛勉強して
地方公務員合格した。それも県職員。

あのとき、合格して帰省したときの両親の
喜んだ顔は忘れられない。

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